その裏 彼が見る彼

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視力に影響がないなら、今更傷跡の1つや2つ増えたところで大騒ぎすることでもない。 身を置いている場が場なのだから、來斗も十分理解している。 それでも、幸也の顔に傷が残ることはあって欲しくなかった。 他人を庇ったせいなのが尚更許せないと思うのは、どうしようもない独占欲だ。 額を覆う包帯を、そっと唇で辿っていく。 刺激を与えないよう、器用に患部を避けて滑る唇に幸也がクスリと笑った。 「どうした」 「サクラでカズとライ兄が睨み合ったの見たとき、ちょっと昔思い出した」 「昔……あぁ、最初に会った頃の」 「そうそう。俺が律に腕折られて、そっから始まった2人の殴り合い。あれ再現されるかと思った」 数年前、まだ互いに敵意を持って対峙していた懐かしい記憶。 律も來斗に殴られ、けれど結局、來斗と和雅の方が怪我の具合が酷かった。 仏頂面で治療を受ける2人を見て、律と呆れ顔を作ったのをよく覚えている。 「やり合った方がスッキリしたかもな」 「ダメだって、誰も止めらんないから。被害が倍増するだけだろ」 あの時だって、止めようとした和雅のチームメンバーが何人も病院送りにされていた。 仲間であるはずの人間を和雅が邪魔だと殴り飛ばしている姿を見て、律に余計なちょっかいはかけるべきでないと幸也は学んだのだ。 律も幸也に対して同じ認識をしたと後で知って笑い合ったのは、楽しい思い出となっている。 懐かしい記憶を辿っている幸也の額、包帯越しに來斗の溜息がかかった。 幸也の腰に腕を回したまま、來斗が上半身をソファの背凭れに預ける。 「ライ兄?」 「全く、飼い猫の無鉄砲ぶりには恐れ入るな」 「だってあのままじゃ隊員さん殴られてたじゃん」 「そうなった方が、俺の心は穏やかに終わってた」 雑に吐き出された返事はどこか拗ねた響きを持っていて、首を傾げた幸也はついと來斗に顔を近づけた。 唇に息が触れ、來斗の瞳が幸也を捉える。 「……お前はもう少し、俺がどう想ってるかの自覚をしろ」 「ここに乗せたのライ兄だけど」 「それで尚近づいてくるユキって、なんなの」 今更だけど、と呟く來斗。 本当に今更だ、散々人のこと膝に上げておいて。 呆れ顔を作る來斗の瞳が、暗い光を湛えているのが気になった。 幸也にとってみれば、視力に問題なければ傷が残ろうが大したことではないと思っている。 でもきっと、來斗は違うのだろう。
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