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二人は近くのフードコートへ入った。
サナが自分の赤い長財布を取り出し、コーヒーを二つ買った。
手近なテーブルに二人で着いたところで、カケルがサナの落した財布を取り出し、差し出した。
薄く、黒い革の、二つ折りの財布。カケルも美術室で見つけた時、一目で男物だと分かった。
「これ、彼氏のですよね」
「うん。おととい、あたしの部屋に忘れて行ったの。これサブの財布で、なくても当面大丈夫だって言うから、次に会う時に返そうと思って持ち歩いてたんだけど、美術室に落としちゃったのね」
サナに恋人がいることは、美術部では周知の事実で、カケルもとうに知っていた。
決して手に入らないと諦めていたはずの人なのに、なぜ嫉妬などという都合のいいものが巻き起こるのか、自分でも分からない。
厄介なことに、それは分からないなりに制御できるほど、淡い想いでもなかった。しかし、だからと言って、正しいわけでもない。
全て分かっている。分かった上での暴挙は、こんなにも醜いのに、どうして大切な人に向けてしまったのだろう。
――分かっていないじゃないか。何も分かっていない。
「すみませんでした」
周囲を行く人々の喧騒の中、自分の声だけは、カケルにはひどく明瞭に聞こえた。
「お財布返してもらったら、ここにいる理由なくなっちゃうね。……今日、楽しかった。本当だよ」
そう言って、サナが黒い財布を受け取り、バッグにしまう。
カケルはまだ視線を上げられず、テーブルに置いた紙カップの中でコーヒーに小さな波が立つのを見て、サナが立ち上がったことを知った。
「辛かった?」
視界の外からの声に、カケルがせめてもの思いで首を横に振る。
「ごめんね」
そう言って屈みこんだサナの顔が視界に入り、カケルは初めてサナが微笑んでいることに気づく。
「先輩、おれ、」
「またね」
穏やかに囁いて、サナはそのまま去っていった。
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