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「うぁあああぁ」
主人の人差し指を目で追った一来は黒い服の集団を見つめていたが、自分の服を見下ろし突然叫んだ。一来が身につけている衣装も彼らとほとんど変わらない。つまりゴスメファッションだということを思い出したようだ。
一来の短髪の髪は、ハードジェルで立たせて固められ、黒いシャツに黒い革のパンツをお仕着せられている。
仏像のように穏やかな丸顔にゴスメファッションは似合っているとは言いがたいが、客席からはスポットライトは当てずに逆光気味にして影を作り、ドラマーはほとんど見えないようにする予定なので、問題はない。
しかし一来は着慣れないファッションが落ち着かないのか、手渡された衣装に着替え、いつかにヘアメイクをほどこされてからずっと、部室内を歩き回ったり呻いたりと忙しかった。
(なるほど、そういうことでしたか)
ようやく合点がいくと喉の奥からくっくっと笑い声がもれ、肩が上下してしまう。抑えられないジャスミンの香りが部屋中に立ち込めると、一来が香りを吹き飛ばすように盛大に頭を振った。相変わらず一来はおもしろい。
「だ、大丈夫だよ、似合ってるよ、一来君……」
いつかは大真面目な口調で慰めたが、片眉があがり、口元は両はじが上がろうとするのを無理に抑え込んでいるので、もごもごと動いていた。
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