『 In my Fire Wallー心の鎧ー』

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 『私は影ですから、浅葱先生の苦悩はわかりません。……が、私の友人ならば、こういうでしょうね。いつも正しく完全な人間なんかいない。だけど自分が思う方向に手を伸ばし、歩いていくことは出来る、と』  借り物の言葉が、どれだけの効果を持つものだろうか?浅葱先生の表情は分かりにくい。  ステージの上では、一来が私の教えたとおりに、ヘッドバンギングしながらスティックを振っていた。普段は仏像のように穏やかな顔が、まるで仁王像のように変貌している。演技が出来ない彼の事だから、顔の通りの心境なのだろう。ふっと顔が緩む。一来はこんな時でも面白い。  『二十年後に会いに行く、と消しゴムには書いてあったのですよね。二十年。それは赤ちゃんが大人になる位の時間ですね。つまり生まれたての教師のあなたに、生徒は祝福を与えてくれたのではないですか?  今はまだせいぜい中学生位だと思いますが、浅葱先生は中学生に向かって、成熟した大人であれと求めるのですか?』  ステージを指さす。  未熟かもしれない、しかしひたむきに出来ることをしている仁王像のような一来の姿は、どんな言葉よりも雄弁だ。  そして主人といつかの心は、音楽と共に会場を自由に力強く駆けめぐっている。    『心配も後悔もいらないのではないですか?』
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