262人が本棚に入れています
本棚に追加
/311ページ
「証拠は、私のスマートフォンに残しておきますから」
怯えた顔でモンスターママが頷く。
ふいに、浅葱先生は決意を全身にみなぎらせ、
「それから! あの子のことも! あの子は素行が悪いんじゃありません! 受験のストレスでほんの少し、叫んでしまっただけなんです」と言った。
あの子とは、モンスターママがうるさいからクラスを変えろと名指ししていた生徒の事だろう。
「クラスの子達だってそれはわかっています。自分たちも同じ気持ちを抱えているのですから。だから、だから、もうやめてください。学校に、お任せください」
私に、と言わなかったのは、モンスターママが権威に弱いとわかったせいだ。一介の教師の自分の名前では抑止力が足りないと判断したのだろう。
「わかりました。わかりましたから!」
モンスターママは浅葱先生の話に被せて何度も言う。
浅葱先生は迷っているようだったが、やがてスマートフォンを持った手をゆっくりと降ろした。
その時、演奏が終わり歓声の渦が巻き起こったせいで、浅葱先生の手からスマートフォンをひったくるように掴み、小走りで講堂を出て行くモンスターママに注意を払うものは誰もいなかった。
「あれで、よろしかったのですか?」
後ろから声をかけると、浅葱先生はそっと一人の生徒を指差した。
その後ろ姿は、制服の中で身体が泳いでしまうほど細く、俯いて両耳を手で塞いでいた。
「あの女性の息子さんだ。彼も僕の、大事な生徒の一人なんだ……」
こぼれ落ちていく砂を見るような目で、浅葱先生は男子生徒を見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!