『その蜘蛛の名は、マミちゃん』   

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 いつかが口ごもっていると、控え目な音量で短い音楽が教室のスピーカーから流れてきた。     「予鈴がなったわよ。出直せば?」  「そんなこと言っても、アイラちゃん、私が来るまで待っていてくれないじゃない。だから会えた時に話さないと……」  いつかは眉を寄せて天井を睨む。蜘蛛を見て吹っ飛んでいってしまった要件を、視線で撃ち落とそうとしているかのようだ。  「あ、そうだった。Death Crownにライブハウスから出演依頼が来ているの! ねえ、出てみ……」  「イヤ」  蜘蛛のマミちゃんに向けられていた主人の優しい目は、いつかに照準をぴたりと合わせたとたん、スナイパーの鋭さを放った。いつかの視線がレディース用の護身銃だとすれば、主人の視線はさながら、狙撃銃だ。  「わ、わかったよ、アイラちゃん…」と言いながら、こんな時いつも助けてくれる一来の姿を求めて、いつかの視線が教室内をさまよった。  「あれ? いるじゃない……」  不思議そうにつぶやいたところを見ると、どうやらいつかは、困っているとどこからともなく現れる一来が近くに来ないのは、教室にいないものだと思っていたらしい。開きかけた口をまた閉じる。  いつかが突然静かになったので、主人が不審そうにいつかの視線を目で辿り、「そうね、変ね……」と首をかしげた。
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