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……「お兄ちゃーん、さっきはありがとう! バイバイ!」
公園の出口から叫ぶ甲高い子供の声に、思考が中断した。先ほど橋から落ちそうになっていた少年が手を振っている。一来が破顔し頭の上で大きく振り返した。
「今度からは気を付けるんだぞ!」
片手をメガホンにして叫び返す。少年の姿が見えなくなると、ようやくバイバイと上にあげていた手を降ろした。それを待っていたかのように主人のデスボイスが響く。
「はあ? 気、を、つ、け、ろ? ばぁっっっかじゃないの? 気を付けるのは、一来でしょうがあっ!」
青い瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。
「紅霧にっ……。見惚れてるんじゃないわよーっ!」
胸の前で両手を握りこぶしにして甲高い声で叫ぶと、頬を膨らませる。
「あ? あぁ……?」
困惑した一来が、口を半開きにして首を傾ける。人は理解できないものを聞いたり見たりすると、怯えるものなのかもしれない。ジリ、ジリ、とさらに後ずさる。主人は一来の引きつった顔をみると、足を踏み鳴らしクルリと踵を返した。金色のツインテールが風きり音と共に飛ぶ。
主人と一来の間に立っていた私が、すばやくかがんで金色の一閃をかわすと、私の頭の上でピシッと一来の頬が鳴る音がした。
『……では一来の言い訳をうかがいましょうか?』
汚れてもいないズボンをはたくふりをしてから体を起こし、二人に優しく声をかけた。主人は涙目のまま、一来は頬に手を当てて眉尻の下がった情けない顔で私を見た。その瞬間、微笑みの範囲を大きく超えた笑いが私を襲って来た……。
やはり人間はおもしろい。
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