桐子の昔話

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主人と桐子の語らいを邪魔しないように静かに離れ、ドアの隙間から洋間に滑り込む。さいわい西日が窓から伸びて、部屋のそこここに影をおとしている。  そのひとつに身を潜めていると、ほどなくして先ほどから感じていたクチナシの香りが強まってきた。  今は使用していない暖炉の上にかけられた楕円形の鏡の表面が、水面のように歪み、中から紅霧が姿を現した。金色の飾りのついた周り縁に手をかけ、あたりの様子をうかがいながら、鏡から抜け出てくる。  『不法侵入で捕まえますよ』  背中から声をかけると、紅霧は悪びれもせず輝く銀色の髪を揺らして振り返った。  「おや。私の家でもあるのに」と首をすくめる。  『そうでしたね。ではなぜ、幼いアイラの前から姿を消したのですか? ここがあなたの家でもあるのに』
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