『鏡の中の少女』

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 紅霧は唇を触っていたが、思いついたように「じゃあ私があいつらをやっつけてあげようか?」とぐいっと鏡に顔を近づけて話しかけた。 「そ、それはマズいよ。紅霧は目立つし」  一来が慌てて口を挟む。 「人の噂も七十五日、なんて言うけどさ。もうとっくにその期間は過ぎているんだろう? 放っておいても何も変わらないんじゃないかい?」 「まあね……。だけど結局、誰でもあるし誰でもないから止めようがない。一人を止めても無駄」と少女の影らしき人物が言う。 「ああ、まどろっこしいねえ……」  紅霧は焦れたように組んだ足を揺らした。つられて上半身もゆらゆら揺れる。 「それじゃあ……」  一来がナイフを取り出す。指先を少し刺すように切ると、ひと筋の糸を引いて血が鏡に滴った。  『おっと、失礼いたします、アイラ』  飛び出そうとした主人を抱き留め、口を手でふさぐ。  「アイラちゃん、心配だと思うけどここは我慢だよ。あの子の事情を調べないと」  いつかが主人の耳もとで説得する。主人はこっくりと頷くと、私の手を力なく振り払った。 「アイラちゃん……」  いつかの心配そうな声が背中を追いかけたが、主人は気が付かないふりをして一来と紅霧に背を向けて歩き去った。いつもよりも細く見える肩に、ざわめく木々の音が降りかかる。  マミが髪の毛の中から這い出してきて、音もなく肩に降り頬に前脚をかけると、主人はほんの少し首をかたむけて、マミに頬を寄せた。マミの瞳が玉虫色のような緑色に変わる。蜘蛛の目玉が単眼という仕組みのために、反射して光の色を映しているだけなのだとしても……、慰めに満ちているように見える。 「相談してくれなかったんだね、一来君……」  いつかの独り言が風にさらわれていった。
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