『鏡の中の少女』

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『いつか、浅葱先生に一来の事を話したのですか?』と、疑問に思って聞く。 「え? ううん。何も言ってないよ。そういえば、なんで一来君より先に帰りたいと分かったんだろうね」  いつかは斜め上に瞳を回して不思議そうに言う。  どうやら浅葱先生は思いのほか生徒の事をよく見ているようだ。一来の様子がおかしいことに気が付いていた浅葱先生は、主人といつかが一来の事で何かしようとしていると推察したのだろう。そのため一来を引き止めて、急いでいる二人を手助けしようとしてくれたのだ。浅葱先生が本来持っている繊細さを、真っ直ぐに発揮していることがわかる。 (浅葱先生の影が自慢げに0.5秒長く手を振ってくる訳ですね)  唇から笑みがもれた。 いつかは「浅葱先生、なんで分かったのかなあ?」とまだブツブツつぶやきながら歩いている。それに引き換え、主人は長い足を活かして浅葱先生の事など気にせずに、ずんずんと早足で歩いて行く。緩やかな上り坂の途中にある長い階段ですら、主人は歩調をゆるめずどんどん昇っていく。一段の高さはあまりないが、石段なので幅が広い上にまばらなため登りにくい。主人といつかの距離がみるみる開き、はあはあ、といういつかの荒い息づかいがどんどん遠くなっていくのを背中で聞くと、ようやく主人は「いつか、ちょっと体力がなさすぎるわよ」とあきれたように振り返って立ち止まった。いつかを待つつもりなのではなく、ただ目的地に着いたのだ。
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