『鏡の中の少女』

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「キズトン、最近変わったよな?」  数人の男子生徒の話し声が近づいてきた。主人達には、まだ気が付いていないようだ。 「そうだな。前はいちいちうるさかったけど、最近、何言っても返事しない。気取ってるんじゃねーっつーの」 「黒板にブタの絵描いたの、お前? 豚足に赤のチョークで傷描いてあるやつ。」 「違うよ、そこまでやらない。あれはちょっとエグ……イ」  数人の男子が口々に話している側を、一来と一緒にいたあの少女が追い抜かして歩いて行く。正確には少女の影だ。 「おおっと、キズトンも部活?」  一旦口をつぐんだ男子が、影の背中におどけた声を投げつけた。 「ホラ、無視だろ」  隣を歩く友人に向かって言うには、大きすぎる声を張り上げる。 「ちょっと! キズトンなんて言われて、どこのだれが返事をするっていうのよ!」  いつかが柱の影から飛び出した。男子生徒達は驚いて黙ったが、その場にいるのがいつかとアイラの女子二人だけと見ると、言い返してきた。 「誰だよ、お前? 関係ないだろ。キズトン、ってただのあだ名だよ」 「な、なによ、キズトンって……」  答えを聞く前から、次に飛んでくるのは言葉の(つぶて)だとわかってしまうことがある。いつかの声がかすかに震え、小さくなった。  いつかがひるんだのを見てとると、まやかしの勝者が奏多の影の足を指さし、勝ち誇って言い放った。 「豚足に傷だからキズトンなんだよっ! 傷大根よりマシだろ」  啖呵を切るような口調に、気おされ押し黙ってしまう。  男子生徒に指さされた奏多のふくらはぎには、長さ十センチ程の三日月形の大きな赤黒い痣がある。
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