『鏡の中の少女』

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「おい、まずいよ。面倒なことになったらどうするんだよ」  グループの中の一人が、腕を引っ張った。 「おい、行こうぜ」  走り去ろうとした少年の足を、影の姿のまま腕を伸ばしすばやく掴んで転ばせた。地面に転がったリュックを主人が足で踏みつける。バスン、という音がし、土臭い埃が舞い上がった。 「何するんだよ!」  リュックを引っ張りながら、少年は地面から主人を見上げた。腕組みをして上から見下ろしている主人を見ると「ひっ」と息を飲んだ。  彼の瞳を覗きこむ影の私を見たからだ。  瞳を捕らえたまま、少年の顔の前で大きく口を開けた。黒い影の姿で伸びあがり、視界を薄闇に染める私は、彼には真っ黒に透ける大蛇が自分を飲み込もうとしているように見えたことだろう。  「ご、ごめんなさ……」  リュックを踏みつけているのと反対側の足で、少年の顎に回し蹴りをくらわそうと主人の足が浮き上がる。  『おっとっと。これはまずいですね』  少年の首を押さえつけ地面に押し倒す。同時に彼の目を影の手で覆う。昼日中の漆黒の闇が彼を包む。目を開けているのに、闇の中に突然飲み込まれるのは、ほんのひとときといえども恐怖を覚えるのには充分だったようだ。  さらに少年の頭上を、風切り音をさせてからぶりした足が顔のすぐそばに打ちおろすとドスっと地面を揺れた。少年は悲鳴をあげ土に(つば)が飛び散った。  私が手をどけると、眩しさに目をしばたき、胸が上下するほど、荒く何度も息を吸い込んだ。うまく息が吐けないようで、苦しそうに喘ぐ。   「今度そのあだ名で呼んだら……」主人のデスボイスが響く。 「い、言わない! 言わない!」  首を左右に激しく振る。主人が鞄から足をどけると、側に立っていた友達に声をかけることもせず逃げて行った。    「ま、待てって……」仲間たちも少年を追いかける振りをして逃げていった。
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