キラルの扉

4/12
前へ
/311ページ
次へ
 衝撃でスイッチが入ったように、一来は跳ね上げるように顔を上げた。いっとき忘れていた焦りが再び湧きあがってきた様子で、ティーカップを腕で押しやってテーブルに体を乗り出した。  「ただほんの少し休ませてあげたかったんだ。あだ名とか嫌がらせとか時間がたてばおさまると思った。だけど消えてしまうなんて」  「奏多ちゃん、どこへ行っちゃったの……?」  『どこか見えない場所に隠れているのではないですか?』  「よく探したし、鏡の中に呼びかけても見たけど、どこにもいないんだ」  一来が首を横に振る。紅霧に視線を走らせると、紅霧も首を振って見せる。  いつかの質問がゆっくりと降ってくる。どこへ……? 単に鏡を抜け出したのならば精命が流れ出してしまい、動くことなどできないはずだ。まして一来やいつかと違い、奏多の精命の量は多くはないのだ。  とっくに力をうしなっているはずの奏多の影も、元気はつらつとはいかないまでも同じテーブルに自力で座っているので、危機が差し迫っているわけではないと判断していたのだが……。奏多の姿はどこにもなく、影もかろうじて精命を受け取ることができている、となると……。  『まさか……! キラルの扉を開けてしまったのですか?』  「そうかもねぇ」  紅霧が銀細工の鏡を差し出して見せるのももどかしく、その手から奪い取って覗き込む。  『やはり……』  鏡は外の世界を映し出さず、よく見ると鏡に映し出された部屋の扉がよく見ると三分の二ほど開いている。  『これはどこの扉なんですか?』  「……奏多の部屋のドア」  奏多の影が口を開く。やはり気だるそうだ。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

262人が本棚に入れています
本棚に追加