キラルの扉

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 「エナンチオマー……」いつかが確かめるように舌の上で単語を転がす。  「扉はいつ閉まるんだ?」  尋ねる一来の声が震えている。希望を持たせてやりたいが嘘は破滅(はめつ)を招く。  『時が訪れた時、と言われています』  テーブルを囲む全ての目が見つめる中、鏡の中の扉が時を刻むようにわずかに閉じた。    「ね、ねえ! 時間がないなら、早く助けに行かなきゃ!」  いつかの声が沈黙をやぶる。  「私は反対。説明聞いていた? 扉はいつ閉まるのかわからない。もし戻ってくる前に扉が閉まったらブラックホール行きなんだよ」  いつかに言い聞かせるように、主人が言った。  「でも放ってはおけないよ……」  気弱に声のトーンを落としながらも、いつかは粘る。奏多の影も頭を下げ、すがるような口調で言う。  「助けて……ください」  聞き取りにくい小さな声で、頭を垂れたまま審判を待つ。  「僕は行くよ。奏多が鏡に入ったのは、僕の責任でもあるし」と一来が言う。  「ばっかじゃないの?」  なじる主人の口癖にはいつものキレがないようだ。
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