キラルの扉

10/12
前へ
/311ページ
次へ
 主人は一来に明るい表情が戻ってきたことを見て取ると、世話が焼けるんだから、というように笑って首をすくめた。それから緩んだ目元を引き締めると、私に向かって言った。  「黒炎(くろめほむら)、いいわね。私達をリアルの世界に必ず連れて帰ること!」    『承知いたしました。では、まず私が先に入って様子を見てきます。皆様は今しばらく、こちらでお待ちください』  私は紅霧の鏡にするりと滑り込んだ。ゼリー液の中に飛び込んだような、気持ちの悪い感触が肌を撫で、飛び降りるよりははるかに緩やかに落下していく。鏡の中の床に足が着き、見上げると主人達が鏡を覗き込んでいるのが遠くに見える。  周りを見回すと机に飾ってある写真立ての中で奏多が笑っていた。してみるとここは影に聞いていた通り奏多の部屋なのだろう。  ライトブラウンの勉強机、部屋の真ん中に敷かれている楕円形のシャギーラグは落ち着いたローズカラーだが、間違いなく女の子の部屋、という感じがする。机と同じ色のベッドの下は引き出しになっている。部屋は五畳ほどの大きさで広くはないため、机とベッドだけでもう一杯だ。他には作り付けのクローゼットがある。  「窓は二つ。ドアは一つ」  ハスキーな声に振りかえる。  『紅霧、あなたも来たのですね』    紅霧は私の問いは無視して「開いているのは、このドアだね。つまりこれがキラルの扉か」と言って、部屋のドアに手をかけた。  「動かないね……」  私も扉のレバーに手をかけてそっと前後に揺さぶってみる。床と同じライトブラウンのシンプルな扉は、四分の三ほど開いている。ドアストッパーのようなドアを抑えているものはないにもかかわらず、確かに動かない。力を入れてみても動かない。まるで床に固定されているかのようだ。しかし閉じる方に力を込めて押すと、ようやくわずかに動きそうな手ごたえを感じる。  『力いっぱい押せば、閉めることは出来そうですね。しかし開けることは出来ない』
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

262人が本棚に入れています
本棚に追加