『キラルの世界』

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『キラルの世界』

 「えーっ?! 私一人で扉を見張ってるの?!」  鏡の中の奏多の部屋で、いつかは怯えた様子で周りを見回す。室内も左右が逆になっているはずだが、初めて見る限りでは違いはわからない。ただの女の子の部屋にしか見えないはずだ。  『扉がいつ閉まるかわからないので、誰かに見ていてもらいたいのです。一人では不安だと思いますが、お願いできませんか?』  「でも……見張っているとして、どうやって皆に連絡すればいいの?」  『スマートフォンを持っていますよね? 電話を繋いだままにしておきましょう』  「電話をかけられるの?」いつかはスマートフォンを取り出し「数字は鏡文字になってないね」という。  『私たちは鏡像ではありませんからね。リアル世界から持ち込まれただけなので。この扉を抜けた場所の看板などは、鏡文字になっているはずですよ』  「へえ……」  いつかが好奇心を覗かせ、ロールスクリーンをめくって窓から外を見た。乳白色のモヤに浮かぶマーブル模様がゆっくりと動いている。しばらく眺めていたが、ぶるりと体を震わせ、スカートを握りしめた。  「ね、いつか。鏡に入ってくるのは落ちるだけだから簡単だったけど、出口は高い所にあるんだから、すぐ出られるように足場を作っておいてくれると助かるんだけど」  主人がいつかの肩に手をかけ、天井を見上げる。紅霧の鏡の鏡面が白く光り、部屋のライトの代わりに光を届けている。リアルの世界とつながっている唯一の窓だからなのか、曇りの日の太陽程度に明るく見える。  「わかった」  いつかは部屋を見回し、机や椅子を確認するとしっかりと頷いてみせる。やることが出来て不安がまぎれたのだろう。表情が少し和らいだようだ。
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