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一来の両方の二の腕をつかみ、激しく揺さぶりながら問い詰める。
「言え、扉はどこだ!」
「あんたこそ、離しなさいよ! 黒炎!」
私は主人が叫びよりも早く動き出していたのだが、突然襲ってきた違和感に気が逸れた。そのためサカイ君のお母さんの攻撃の方が一瞬早かった。掴んでいた一来の腕に噛みついたのだ。裂けた口から歯をむき出しにし、黒目が米粒程の大きさに縮んで上転し瞼に半分埋もれ、白目を剥いている。まるで狂犬のように歯を肌に突き立て頭を振る。
肉の感触に興奮したのか、唸り声をあげながらさらに激しく頭を振って、一来を体ごと振り回す。
一来は声を出したら負けだとでも思っているのか、うめき声も出さずに耐えている。
エナンチオマーの膝を狙って横から思い切り蹴る。ゴキッと骨が折れる耳障りな音が響き、その衝撃でエナンチオマーは、うっとうめくと、一来の腕を吐き出した。地面に膝をつく。膝が横に曲がり見たことのない形に変形していたが、そのままの足でぐらりと体を揺らして立ち上がり、口から涎を垂れ流して、一来に両手を伸ばす。折れ曲がって短くなった足の方に体が傾き、倒れそうだが、痛がりもせず攻撃に転じてきた。
『一来!』
叫ぶと同時に一来を突き飛ばす。エナンチオマーが伸ばした手が宙を切り、バランスをくずしてよろけた。
『逃げますよ!』
発破をかけると、後方に吹っ飛んで尻もちをついていた一来が跳ね起きた。
「行こう!」
一来は主人の手を引いて走り出した。奏多の影も続いて走る。
私はサカイ君のお母さんが乗っていた自転車を強く蹴ってハンドルを曲げて壊しておいてから、後を追いかけた。
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