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「ちょっと、フラーミィ! 一来が噛まれちゃったじゃないの! なにもたもたしていたのよ」
サカイ君のお母さんが見えなくなったところで立ち止まったとたん、主人が文句を言う。中腰の姿勢で太ももに手をつき、肩で息をしながらも、下から睨んでくる。
「アイラ、僕なら大丈夫だから。助けてくれてありがとう、フラーミィ」
「いいえ、一来。助けるのが遅くなり、申し訳ございません」
「ちょっ、ちょっと、なにほのぼのしちゃっているのよ。私は怒っているのよ! なぜエナンチオマーなんかに遅れを取ったの?」
主人は折り曲げていた腰を起こすと、頬を膨らませ両手を腰にあて仁王立ちになる。
「そういえばそうでしたね、アイラ」
あの時感じた違和感について、言うべきか言わざるべきか? 迷って言葉を切る。
「なんなの? 何かあるなら早く言いなさいよ」
私の逡巡に気が付いた主人が追及してくる。あまり心配はかけたくないが、知らなければ危険を招くかもしれない。
「実は……どうやらキラルの世界では、影になれないようです」
「えっ、嘘っ!」
私が指を指した乳白色の空。そこに太陽はない。だから影は存在しない……。
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