『キラルの世界』

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 「早く、早く奏多を探さなきゃ」  唐突に奏多の影が言った。乳白色のとろりとした空を見上げて不安が押し寄せて来たのだろう。声に焦りがにじむ。  ふいに一来の胸ポケットからいつかの声が響いた。  ーー今……、キラルの扉が……、少し閉まったーー  「閉まった……ってどのくらい?」  ーー三センチくらいかな? 実は、皆がキラルの扉の中に入った時も、一人が扉を抜けるたびに、カチッと時計の針が動くみたいに少しずつ閉まってたんだ。だから全部合わせて十センチ位かなーー  些細な干渉でも扉は閉まるようだ。もともと鏡には時間がないため、状態の変化や時間が流れ込むことに耐えきれないのだろう。  『おそらく人が通り抜けるには二十七センチ程度の隙間が必要でしょう。そして通り抜けるたびに扉が閉まっていく。一人出るたびに三センチ閉まるとして。タイムリミットは主人と一来と奏多、紅霧、奏多の影、私の六人が通り抜けられる幅、つまり四十二センチということです。いつか、そこに定規はありますか?』  ーー待って、探してみるーー  ガタガタとあちこちを探し回る音がする。しばらくすると、机の引き出しに十二センチの定規を見つけたと返答があった。  「床に目盛りを描いて、閉まったら教えてください」  ーーう、うん。わかった。四十二センチね。今六十センチ開いてるから……猶予は残り十八センチか。意外と……時間ないのかも…ーー  一来の胸ポケットの中からいつかの声が不吉な予言のように響いた。
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