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「確かにそうだね。奏多は何部なの?」
紅霧の言葉にうなずいて、一来が不安を振り払うように、奏多の影に聞く。
「水泳部。この時間だとプールにいるんじゃないかな」
「さすが本人の影。よく知ってるわね。じゃあプールまで案内して」
影は黙ったまま、校舎を指で確認する。左右が逆の配置になっているので頭の中で位置を確認しているらしい。しかしすぐに「こっち」というと、先に立って歩き出した。
校舎の裏側に位置する場所に、かまぼこ型の更衣室が建っていた。更衣室に繋がる形で、足を消毒する足首ほどの高さの浅いプールと、シャワーがある。
プールが見えにくいように目隠し用の塀でぐるりと囲ってある。プール開きしたばかりなので、晴れてはいるがまだ水は冷たいだろう。
『おっと。奏多が三人になるのは、さすがに人目を引いてしまいますね。影、あなたは自分の本来の姿になっていた方がいいでしょう』
「わかった……」
奏多の影が本来の姿を現すと、ライラックの優しく甘い香りがほのかに立ち昇る。枝を切ってしまうと香りを放たなくなってしまうライラックの繊細な香りは一瞬で空気に溶けていった。
「あれっ。男なんだ!」
一来が驚いた声をあげた。
「まぁね」
「そうだ、君の名前は?」
「言う訳ないだろ」
『真名を聞いているんじゃないですよ。通称名のことです』
「ああ……、ピュリュ。雪っていう意味」
ーーへえ! 素敵だねーー
いつかの声が胸ポケットから響く。ピュリュは黙って肩をすくめると、下を向いて歩調を早めた。
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