『キラルの世界』

15/33
前へ
/311ページ
次へ
 影であるピュリュが奏多を大事に思っている事が、くすぐったかったのだろう。そういう私も同じだが。  「奏多!」  プールサイドで男子部員が声をかけて走り寄る。プールが一つしかないので、水泳部は男女一緒に練習しているのだ。肩のあたりで手をパチンと合わせる。耳元に口を寄せ、一言、二言笑顔で交わし練習に戻っていった。  その様子を見ていたピュリュが身じろぎする。  「あいつがつけたんだ。あのあだ名」  奏多の影、ピュリュは前髪で隠れた目で、プールサイドを睨み、親しげな二人の様子に苛立たしげに肩を強張らせる。  奏多はしばらくプールを見ていたが、ため息とともに肩を落として、ふいにくるりと体を回し、私達の方に向かって歩いてきた。足元ばかりみていた奏多は、通路の真ん中に立ちはだかっている主人とぶつかりそうになって、ようやく立ち止まった。  「えっ? 一来さんと紅霧さん、ピュリュも……どうしてここに?」 奏多が驚いた声をあげる。そして私と主人を順番に見て、「ええっと……」と困った顔をした。  私達は奏多の姿をした影と話しているので、知り合いのようなつもりでいたが、奏多にしてみれば初対面なので、自然な反応だろう。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加