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「……ごめん。俺……、何も変えられなかった」
ピュリュは奏多を抱き寄せた。木漏れ日が降り注ぎ、ライラックの風が奏多の髪を慰めるようになでる。
チラチラとまたたく光の中で寄り添う二人は、兄妹か恋人同士のように見える。 見守っていたいのは山々なのだが……。
「ねえ、ちょっと。感傷に浸るのは後にしたらどうなんだい? 時間がないんだ。帰るよ。この世界は蜃気楼みたいなものなんだ。現実とは違う」
と、紅霧が急かす。とても無粋だが、今は正しい。
「行こう」
ピュリュが奏多の手を取った。
「あっ、待って。あと一か所だけ。ボク、会いたい人がいるんだ。会うまで帰れないよ……」
ーー扉は今、五十一㎝。猶予はあと九センチしかないよーー
いつかの声がカウントダウンする。 奏多は潤んだままの黒目がちな瞳で、主人と一来を懇願するように交互に見つめた。根負けした一来が「ええ、ウッホン」と咳払いした。
「ウィスハート……さん……、あの……」
そして一来もアイラを見つめる。
「はあぁ……。もう! 会えば帰るのね? 迷っている暇はない。行くわよ!」
金色のツインテールが翻って、走り出した主人の後ろにたなびいた。
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