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「ここ?」
主人が首を傾げるのも無理はない。五人が立っているのは、慣れ親しんだ私立彌羽学園の門の前だった。
門の向こう側には赤いレンガの道が校舎まで続いている。ヨーロッパ風のゴシック様式を取り入れた建物はきっちり左右対称に建てられているので、左右が逆になっていても違和感は感じない。キラルの世界でも、アーチ型のエントランスは重厚でありながら、華やかだ。
「この前、この学園の文化祭に来たんだ。その時……」
「君たち」
奏多の話を通りがかった教師の声が遮った。
「あっ、浅葱先生!」
「君たち、どうしたんだい?」
軽く微笑んで聞いてくる浅葱先生はリアル世界よりも多少くだけた感じだが、それ以外はあまり変わらないようだ。
「あの、この前の文化祭でお世話になった男子の在校生を探しているんだ。お礼が言いたくて」
奏多が訴えた。ここまで走ってきたので、奏多にナンチオマーが人間とは違う性質を持っていることを説明する余裕はなかった。何も知らない奏多は、エナンチオマーを前にしても警戒心もなく自然だ。
「文化祭の時、後夜祭のバンドを観ようと思ったんだけど、黒い服の人が一杯で。怖くて講堂に近づけなかったんだ。ちょうど門を入ったこの辺りから講堂を見ていたら、男子生徒が声をかけてくれて。自分も行くから一緒に行こうと言ってくれたんだ」
「そうか、じゃあライブを観られたんだね。それはよかった。いいライブだったでしょう? ええっと。他にその生徒を特定するような情報はあるかな?」
「髪型は普通の感じ。スポーツ刈りではないし、長くもなくて。さらさらでも天然パーマとかでもなかった。学生服も着崩してはいないし、真面目な感じだったな。背は少し低いかもしれない。この人」
と一来を手で示し、
「よりも背が低くて、この人」とピュリュを示しながら、
「よりももっと華奢な印象なんだ。顔色は青白くて、かなり痩せていました」
「ほう、ほう」
浅葱先生は青白い顔でやせ形、というところまで聞くと、相づちをうちながら二回うなずいた。
「僕が思い当たった子だとするとね。その子は部活動はやっていないけど、いつも自習室で勉強してから帰るんだ。とても活発だから、あの子ならそういうことしてもおかしくないかなあ」
「活発……」
奏多は一旦首を振った。ちがう、の「ち」の口になったが、言葉は発声されなかった。
「もしかすると、その人かもしれないな」
息を吸いなおして奏多の口から出てきたのは、逆の言葉だった。エナンチオマーという言葉は知らないが、鏡の中では性格や関係が変わっているのは目にしていたからだろう。
「エナンチオマー(鏡像異性体)……。鏡の冬矢がリアルと性格が違ったとしても不思議はないわね」
主人が小さな声で言うと、一来と紅霧が目で同意した。
「じゃあ、自習室に行けばその人に会えますか?」
「どうかな。もうすぐ帰る時間だからもうこっちに来るかもしれないよ。ほら。噂をすれば。あの子かな?」
浅葱先生が校舎から出て来る人物を指さした。
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