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ささやき交わす私達には構わず、
「おーい、佐々くーん!」と、浅葱先生が手を振って冬矢を呼び止めた。「この子達が君に用があるそうだよ」
「はーい!」
小走りになって冬矢が近づいてくるのを見届けて、
「じゃあ私はこれでいいかな?」と浅葱先生は校舎に戻っていった。
冬矢とすれ違うときに、こちらを手で示しながら紹介するように言葉を交わしている。
冬矢は跳ねるような足取りで小走りに駆け寄ってきた。
「やあ、俺に用があるんだって?」
「はい。あの、後夜祭の時はどうもありがとうございました」
「あの時の子かぁ。ライブ、楽しかったね」
「あっ、はあ、あの……、はい」
奏多は明らかに口ごもる。どうやらリアル世界では楽しくライブを観た訳ではなかったらしい。
しかし、考えてみるとエナンチオマー(鏡像異性体)は別の人物なのだから、奏多がお礼を言いたいから会いたい、というのはおかしい。リアル世界に戻ってお礼を伝えれば済む事だ。何のために会いたかったのかという疑問が浮かび上がる。
奏多の顔を盗み見ると、真剣な目つきで冬矢を見つめている。
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