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「母が? 俺を罵った?」
何を言っているのか? というように眉を寄せて私達の顔を見回す。答えるものはなく、しん、と沈黙が帷をおろす。
校舎から流れてくるオーケストラ部の奏でるメロディーが二小節分、固まった人間達の間をすり抜けていく……。
ふいにいつかの声が沈黙を破った。
--ねえ、もう五十センチを切ったよ。お願い! 早く帰ってきて! ーー
「もう時間がない。奏多、こいつはあんたを助けた冬矢じゃないんだ。別人さ。こんな奴は置いて早く行こう」
紅霧が焦りを声に滲ませる。
「……そうか、お前らはリアルの住人か」
冬矢の顔にゆっくりと理解が広がっていく。同時に黒い瞳が憎しみの火に焼かれ、中心に向かって凝縮して小さくなる。ほとんど白目だけになると、唇が横に引き伸ばされる。
笑った、のかもしれない。しかし唇が横に広がっていくのが止まらない。ピリリ、と唇の端が裂けていく。
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