『キラルの世界』

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 「全員、キラルの扉を抜けたよ! 扉はもう限界。紅霧、フラーミィ戻って!」  いつかの悲鳴のような声が伝える。紅霧が酒井君のお母さんの腹部を思い切り蹴って後ろに飛ばす。同時に私も家の塀を駆け上がり、体を捻って足を回し、蹴りを繰り出した。冬矢がアスファルトに叩きつけられ、怒りで瞳を焼く。  戦いが一瞬途切れたのを見逃さず、すぐに離脱し奏多の家に走る。鍵をかけ、階段をかけあがる。紅霧がキラルの扉を抜ける。ぎりぎり間に合ったようだ。最後に私が体を横にしてなんとか抜けると、背後で扉がカチリ、と音を立てた。振り返ると、扉にはもうわずかな隙間しかあいていない。  背後からはガン、ガン、と玄関を破壊する音が響いてくる。  (しかしこの幅なら……、もうエナンチオマーは通れまい)  いつかの作った鏡まで続くハシゴは、なかなかよく出来ていた。上手く部屋の中の物を使い、積み木を高く積む時のように、重い物、大きい物から順番に積み上げてある。 もし誰かが落ちてきたら受け止められるよう、下から見上げる。  先頭の奏多はもともと運動神経がよく身軽なので危なげない。もう鏡の出口に手が届きそうだ。つぎにピュリュが奏多を気にしながらやや下を登っていく。  一来も時折、足を踏み外しそうになりながらも、慎重に上がっていく。主人の制服がミニスカートなので、一来が先に登ることになったのだろう。主人の手が鏡のふちにかかると、主人の下から登っていた紅霧が私を見て軽くうなずき、登ってくるように合図した。  ふっと息を吐き出し、私も机に足をかける。机やミニテーブル、椅子を積んだタワーを半分ほど登ったところで、鏡の向こう側から覗いていたいつかが叫んだ。  「フラーミィ! 後ろっ!」
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