『キラルの世界』

32/33
前へ
/311ページ
次へ
 私が鏡の出口に手をかけたとき、エナンチオマーの冬矢が足にしがみついてきた。足を振り回して引き剥がそうとするが、鏡のふちから片手が離れてしまった。  足場もついにブラックホールに吸い込まれ、崩れ落ちた。エナンチオマーを足にくっつけたまま、鏡から片手でぶら下がっているような状態では、もう振り落とす事は出来ない。  「フラーミィ、早く!」  主人が私の手首を握りしめて引っ張る。懸垂の要領で肘を曲げ、片手で体を引き上げる。  エナンチオマーはその間も私の体をよじ登り、そしてついに背中におぶさった。  「おどき、アイラ!」  紅霧がアイラを押しのけようとしたが、間に合わなかった。エナンチオマーがアイラの手を掴んで引っ張り、落としたのだ。エナンチオマーはその反動を使って自分の体を上に引き上げ、私の背中を蹴って鏡を抜けるとリアル世界に這い上った。  上へ登るエナンチオマーと入れ違うように、主人が私の横をすり抜け頭から落ちていく。黒く渦巻くブラックホールに吸い込まれていくのがスローモーションのように目に映る。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加