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「うーん、それじゃあピュリュの仕業ではないよね。それに……」
主人は目を少し細め、口元に笑みを浮かべた。鏡から脱出した時の事を思い返しているのだろう。
あの時、リアル世界にもどってきたとたんに、ピュリュと奏多は精命を失い倒れこんだ。依り代を取り出すために、ピュリュが自分の胸に入れようとした手を主人が掴んで止め、胸の内ポケットから銀色の小さな鋏を取り出した。そして髪を一束ザッと音を立てて切り、ピュリュに与えたのだった。
主人の精命の香りとピュリュの香りが混ざり、調合された香水のように香る。ピュリュは体を起こし「なぜ……?」と聞いた。
「ほら、言いたいことがあるなら、影に戻る前に奏多にいいなさいよ」
「あ、あり……」
「早くしないと精命の効果が切れるわよ。足りなくなっても追加で精命をあげたりしないからね!」
主人はお礼を言おうとしたピュリュの言葉を遮り、さっと立ち上がると腕を組んで斜め上を睨んだ。
「足りなくなったら僕の血をあげるから、心配しないで」
一来がピュリュを励ますように言うと、
「ちょ、ちょっと一来君、余計な事言わないの!」と、慌てたいつかが一来の袖を引き、耳打ちする。
「え? なんで……?」
「アイラちゃん、照れているんだよ。一来君が血をあげちゃったらアイラちゃんが髪をあげた意味がなくなっちゃうじゃない!」
「そ、そうか! ごめん」
(あの時は背後で交わされる、なぜかハッキリと聞こえるナイショ話に、主人が顔を真っ赤にして天井を睨んだまま、聞こえないフリをしているのが面白かったですね……)
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