エナンチオマーを探せ

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 しかし私には生徒の供述は一つの事実を指しているように思える。本来ならばもうピュリュが影にもどった奏多に会う必要はないはずだが、あえて会いにやってきたのは私の推測を確認するためだ。  主人達が一緒ならば、スイーツの一つも食べながら話すところだが、残念ながら私は金銭を持っていない。仕方がないので、家族は仕事に行っているため誰もいないという奏多の家に行くことにする。    『少しの間、失礼します』  と、声をかけ、すでに物言わぬ影となっているピュリュに重なり、身を隠して歩く。  到着した奏多の部屋は、鏡を通してやってきた時と変わりはないが、記憶とは左右の配置が逆なので、例えばマンションの隣室などのよく似た別の部屋に来たような感覚になる。  広くはない部屋に学習机とベッドが置いてある。奏多が手ですすめたとおり、ベッドに腰かける。奏多自身は楕円形の毛足の長いシャギーラグに直接座り、曲げた膝を手で抱えた。膝の上には大きめのクッションを乗せて、顎をうずめる。 『ブルーのハンカチは誰に返したのですか?』 「わからないんだ……」 『わからない? どういうことですか?』 「最初は、冬矢クンだと思ったんだけど……」  奏多は眉をひそめて慎重に言う。
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