エナンチオマーを探せ

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 「ボクがハンカチを返すために冬矢クンに会いに行った時、最初は以前に会った時と変わっていないと思ったんだ。だからキラル世界で会ったエナンチオマーじゃないって感じた」  『ハンカチの持ち主は冬矢なのですね? ではハンカチを貸してもらったのは、彌羽(みわ)学園の文化祭の時なのですか?』  「そう。実はね、あの時、中学の同級生もたくさん来ていたんだ。すれ違う男子達が強く背中を叩いたりしながらキズトンってからかってきて、そのうちの一人が後ろから飛び蹴りしてきて、背中を蹴られて転んじゃったんだ。その子たちは、『やっべー』とか言って逃げて行った。恥ずかしいし痛いし、もう帰ろうかと思って立てずにいたら、そこに冬矢クンが声をかけてくれたんだ……」  文化祭の日、Death Crowがライブを行うという誤情報が出回っていたため、ファンが彌羽(みわ)学園に詰めかけていた。黒い服の集団が講堂の入り口を埋め尽くすという異様な雰囲気の中、奏多の同級生達もライブ前の興奮状態だったのかもしれない。 「冬矢クンは『あいつら、ひどいことするなぁ』って言いながら、手をひっぱって立たせてくれた。それから背中についた足跡を手で払ってくれるうちに、転んでコンクリートに打ち付けて怪我した肘の血に気が付いて、この青いハンカチを水で濡らして拭いてくれたんだ。 『腫れそうだから、冷やしておくといいよ』ってそのままハンカチを貸してくれた」  『ヒューマンの冬矢は優しくしてくれたのですね』  「うん。それでね、あの時計が付いている校舎の裏に、目立たない石段があるんだ。三段くらいだったかな……。石段の上にドアがあるんだけど開かないの。校舎の中のドアの前にはあまり使われていないロッカーが置いてあって、使えないようになっているんだって。だから誰も来ないから安心してって言って、石段にボクを座らせてくれた。それで『さっきの子たちはいつも君を酷いあだ名で呼んだり蹴ったりするの?』って聞いてくれたんだ」 『そこは冬矢の秘密の場所なのでしょうね』
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