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『紅霧は突然に』
「ちょっと紅霧、どうしてここにいるのよ」
奏多の部屋を出て、授業を終えた主人と合流して帰宅すると、姿を消していた紅霧が主人の部屋でアイスを食べてくつろいでいた。畳の上にゆるく胡坐をかいていた紅霧は、戸口に立ったままの主人を首だけねじって見あげた。主人は緑色のリュックを下ろすことも忘れている。
「ジャージが肩からずり落ちているじゃないか。だらしがないよ」
紅霧は軽い身のこなしで立ち上がると口に小豆味のアイスをひょいと咥え、空いた手で主人の服を直す。影の私の服も同時にずり上がるのを感じて、すばやく人型になる。紅霧に服を直されるなど、とても耐えられるものではない。
「おや、フラーミィじゃないか。大人しく影でいたっていいんだよ。白の鏡は私が見張っておいてやるから」
『白の鏡が目的なのですか?』
「そうさ。キラルの世界に行くとき、約束しただろう? リアル世界に戻ってきたら、黒の鏡は私に返す、ってね」
「だけどないもんは仕方ないじゃない」
主人が口を尖らせて言う。ウィスハート家には約束を守るという家訓その二も存在するのだ。約束をもちだされると強く出られない。
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