『紅霧は突然に』

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「ここにあるのは、黒じゃなくて白の鏡なんだから」 「だからさ。アイラも知っているだろう? 人と影が入れ替わるには、白と黒の鏡を合わせ鏡にしなけりゃならないんだ。つまりエナンチオマーは必ずここへやってくる。白の鏡を取りに、ね。そこをとっ捕まえて、黒の鏡を取り返すっていう寸法さ」  いい考えだろ? とでも言いたげに、紅霧は機嫌よく説明する。 『しかし紅霧、あなたも入れ替わりを目論んでいるのでしょう? 入れ替わるのが冬矢なのかあなたなのかの違いでしかないのに、手を組むメリットはありません』 「まあまあ、よく考えてごらんよ。エナンチオマーがヒューマンと入れ替わるには、桐子は邪魔なんだ。だから白の鏡を手に入れれば、桐子を即刻、追い出すのは間違いない。そうだろう?」 「まあね」  主人が渋々、といった様子で同意する。 「鏡から出されたら桐子はあっという間に精命を失って死ぬ。それはまずいだろう? だけど私が黒の鏡を手に入れたとしても、白の鏡はアイラが持っているなら今までと変わらないじゃないか。黒の鏡を取り戻したら、私は一旦、退散するよ」 『黒の鏡を取り戻すまでの休戦、ということですね』 「そういうこと。キラルの世界に行く前に交わした約束がまだ続いてると思えばいいだろ?」 「そうね、一度にエナンチオマーとお姉……」  主人はお姉さん、と言いかけたのを、ごほんと咳ばらいをして誤魔化した。  「紅霧を相手にするのは厳しい。休戦を続けた方がよさそうね。だけど約束は守ってよね」と言い直した。 「もちろんさ。さてっと。じゃあ、さっそく作戦会議でも開こうじゃないか」  紅霧はアイスの棒を口から出すとゴミ箱に投げ入れた。
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