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「それはね」と、主人が口を挟む。
「どうやら奏多が依り代のハンカチを返したのは、冬矢の影だったみたいなの。ということは、黒の鏡にヒューマンの冬矢が入っていることになるよね。私達が思っていたよりも、奏多と冬矢が親密だったことを考えると、黒の鏡に冬矢が入った理由は奏多を守るためだと思う」
動揺の収まらない私にかわり、主人が紅霧に説明する。
「へえ。冬矢もけっこういい奴じゃないか」
紅霧は赤い唇をほころばせた。
「ということは、冬矢を鏡に招き入れたのは、黒の鏡を持っているエナンチオマーってことだね。入れ代わりの儀式をするには、まだ黒い精命が足りない。黒の精命がたまったらいつでも本体と入れ替われるようにしておきながら、同時に黒い精命をためる……。うまいやり方じゃないか」
両手を広げて、大げさに感心してみせる。
しかしすぐにその皮肉な笑みすら消して「だけど冬矢を鏡に入れておくには、精命の量が少ない、そうだね?」と私に問いかけた。
『おそらくは』
「だからエナンチオマーが冬矢の影を操り、一来を誘拐させた、かもしれないと?」
『そうです。紅霧、あなたがしたように』
「おや、人聞きの悪い事言わないでおくれよ。私は誘拐なんかしてないよ。一来が奏多に精命をやったのは、自分でしたことじゃないか」
紅霧は不満そうに口の両端を下げる。
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