『紅霧は突然に』

6/21
前へ
/311ページ
次へ
「だけどなぜ、エナンチオマーは一来君の血の精命を鏡に注ぎ込めばいいと思ったんだろう?」  いつかが不思議そうに口を挟む。 『ピュリュが影に戻る前に、アイラが精命をあげました。その時、精命が足りなければ僕の血をあげる、と一来が言ったのを覚えていますか?  あの時、エナンチオマーはすでに逃げたのだと私達は思っていました。けれど……実際は砕け散った鏡のどれかに潜んで、話を聞いていたのでしょう』 「アイラにはフラーミィが付いているから、手っ取り早い精命補給要員として、一来を狙った……ってことだね」  紅霧がなるほどと納得したように言って、自分でうなずく。 『一来が心配ですから、私は一足先に、マミのしおり糸を探しに行きます。ですから紅霧はアイラといつかをよろしくお願いします。白の鏡を狙って、いつエナンチオマーがやってくるかわかりませんから』 「おや。逆じゃなくていいのかい?」 『マミはあなたを信用しないかもしれません。それに……ここには、白の鏡がありますからね。鏡を守るためなら、紅霧、あなたは死力を尽くしてくれるでしょう。そうではありませんか?』  紅霧はくちなしの香りを漂わせて微笑(わら)うと、「お行き」と頭を窓の方へ軽く振って促した。 『お茶の用意もせずに、申し訳ありません。どうぞ寛いでお待ちくださいませ』  黒い手袋をしたこぶしを胸にあてて一礼すると、影の姿にもどり夕焼けの中に身を投じた。
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加