『紅霧は突然に』

11/21
前へ
/311ページ
次へ
 私は一来を抱きかかえると、家々の屋根の上を音もなく飛び、行く時の半分ほどの時間で主人の家に戻った。  一来が私の腕の中でぐったりしている様子にいつかが悲鳴をあげたが、かまっている場合ではない。一来の上着を脱がせ、客間のベッドに寝かせた。  ピンと張った白いシーツが血で汚れる。鮮血というよりは、乾ききっていない黒ずんだ血だ。すでに血はとまっており、肌に残っていた血がこすれてシーツに付いたようだ。手首を握って脈を診る。心音も呼吸も安定していた。  ほっと息をつき出血元の傷を探す一番大きな傷口は両方の手のひらだった。大きくナイフで切られている。腕にも傷があるが、深くはなさそうだ。  痛みを感じさせないように、濡らした布で傷口の周囲を注意深く拭き取る。化膿止めと傷を修復する作用がある水色の軟膏を厚めに塗り、ガーゼをあてて医療用のテープで止める。さいわい縫ったり止血をしたりする必要はなさそうだ。  客間のドアから、主人といつかが心配そうな顔を覗かせている。二人にうなずいて安心させ、一来の耳元で呼びかけた。 『一来……』 「あ……、フ……ラーミィ」
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加