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「授業が終わってから学校を出て、バスに乗ったんだ。気が付かなかったけど、その時にはすでに冬矢先輩の影もバスに潜り込んでいたらしい。
いつものバス停で降りて、点字ブロックをふさいでいた自転車を移動させていたら、誰かが手伝ってくれたんだ。いつものように紅霧かと思って見たら、違った。冬夜先輩の影だったんだ。だけど、僕は影だって気が付かなくて冬矢先輩本人だと思ってしまった。
冬矢の影は、日陰を選んで立っていて、影羽虫も影に隠れて見えなかったんだ。
自転車を移動し終わるころには、なんとなく連帯感が生まれたような気持ちになって」
「懲りないねえ……」
そう口を挟んだ紅霧の声は、言っていることとは裏腹に優しかった。
「うん、ごめん……」
「仕方ないよ、一来くんだもん」
「本当よ。まったく、ばぁっかじゃないの?」
いつかと主人の言葉に一来が下を向く。
「ホント、どうしようもないよなぁ……」
「そうよ、どうしようもないわよ。本当にわかってないんだから!」
一来は胸に顎をうずめるように下を向き、肩小さくすぼめる。主人は、はぁぁぁぁぁ、と強く息を吐き出した後に、息を吸い込んで一来の頭に叫び声を落とした。
「違うわよ、馬鹿! 一来はそれでいいの! 一来なんだから、それでいいのよ! 嘘を見抜くよりも、もっと大事な事があるんだから」
そう言うと、主人は腕を組み視線を宙にさまよわせ、心配そうにチラッと一来の反応をうかがうその目のふちが赤い。心配しているのだ。
「そ、そうだよ! アイラちゃんの言う通りだよ。そこで騙されなきゃ一来君じゃないよ!」
「……なんだよ、それ。全然なぐさめになってないよ……」
と言いつつ、一来は泣き笑いのような顔になって、鼻をすする。視線を外していたはずの主人が、ティッシュボックスを一来の膝の上にすばやくなげた。
「ありが……」
と、言いかける言葉をさえぎり、「時間がないんだから、早く続きを話して!」と急かす。主人のブレないいつもの態度に、肩の力が抜けたようで、一来は続きを話し始めた。
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