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「紅霧さんはずーっとそう言っていたものね」
「そうさ。桐子だって助けてやれって言うはずさ」
「だけどボクは、ただ……ゼロになればいいんだ。キズトンと呼ばれず、いやがらせも受けず、それだけでいい。あいつらに怪我させるとか、そういうマイナスは要らない。
まあ、ちょっとくらいは困ればいいのに、って思うけど。それから表面上ただあだ名で呼ばれなかったとしても、ボクがいないところで呼ばれたらそれもゼロじゃない。
だけどね……」
奏多はふうと、箸でつまんだ豆腐に息を吹きかけ、湯気の向こう側に隠れる。
「そんなこと、出来ないんだよ。他人の心を変えるなんてことはさ。
鏡に入っているとき、考えてみたけど、望みが叶わないなら報復すればスッキリするかって言えば、そうでもない気がしたんだ。かといって戻る気にもなれない。
だからどこかへ逃げ出したくなって、キラルの扉を開けた。だけどね、助けに来てくれた皆には迷惑かけちゃったのに悪いけど、帰って来た今も、本当のこと言うと、どう関わればいいのかなんて、答えが出ていないんだ。
……それでもね、冬矢先輩には報復なんてして汚れて欲しくない。それは確か」
紅霧が手を伸ばし、奏多の髪を撫でた。
「いい子だね……。あんたがここにいる。それが一番、大事なことさ。今もキズトン、って言われているのかい?」
「それが、なんだかおかしいんだよね? 鏡を出てから、なんだか皆が怯えているっていうか。どうしたんだって聞いたら、『お前、怖い知り合いがいるんだな』とか言われて」
奏多は首を傾げて思い当たる節はないんだけど、と付け足す。
「なぜかわからないんだけど、とにかく、キラルの世界から戻ってきてからは、誰にもキズトンなんて言われてないよ。呼び方が変わったら、嫌がらせも潮が引くみたいになくなったんだ」
「そう! よかったじゃない、奏多。さあ、たくさん食べるのよ」
”怖い知り合い”その人であろう主人は、ようやく笑って奏多に鍋をすすめる。
「アイラちゃん、よかったね!」
いつかが笑顔を主人に向ける。
「あ、あの時はいつかが飛び出しちゃったから、仕方なく」
「えーっ! 私のためだったのぉ?! ありがとう、アイラちゃん」
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