桐子の計画

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 紅霧が満点の答案用紙を返してもらったような顔で笑う。  桐子は紅霧の笑顔に眩しそうに目を細めると、私に視線を流して寄こした。質問を差し(はさ)みたそうな私に、人差し指を唇にそっとあてて見せ、いたずらを企てる幼子が共犯者を作るように視線を合わせてくる。主人によく似た強い瞳には逆らえず、桐子にだけ分かるようにかすかにうなずいてみせる。  (白の鏡と黒の鏡は表と裏。一対なのだとすれば、黒の鏡を割ったら、白の鏡はどうなるのですか……?)  飲み込んだ質問が、小骨のように引っかかって消えない。  パチパチパチ、と桐子が手を叩いた。おそらく紅霧の関心を、苦悩の浮かんでいる私の顔から遠ざけるために。紅霧に向けた桐子のあでやかな笑顔は、くちなしの香りのように、上品で優雅だ……が、それは「くち、なし」の名の通り、真実を話さず最後まで紅霧の笑顔を守る、と決意した顔だった。  そして元気な声で号令をかけた。  「紅、フラーミィ。さあ、アイラを起こして。冬矢を助けに行こうじゃないか!」  「うん。行こう、桐子!」  紅霧が遠足にでも誘われたような調子で答える。くちなしの香りがシャボン玉のように楽しげにはじけた。桐子と行動を共に出来ることがうれしいのだろう。  桐子は私に目配せすると、自分を、つまり桐子のいる白の鏡を一緒に持って行くように、と指示した。  白の鏡と黒の鏡を同じ場に置くのは危険だが、守るものもなくこの場に置いていくわけにもいかない。私は主人がいつも持ち歩いている糸のほつれたリュックに白の鏡を入れた。
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