Last Battle

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 「わ……、」  「分からない……?」  左の冬矢が優しい声音で尋ね、黙っているモンスターママの首に手をかけた。  「返事は? いつも自分で言っているだろ? 聞かれたことには返事をしろってさあ!」  モンスターママの喉を掴んでいる手の甲が固く締まり骨が浮き出る。モンスターママは目を見開いたまま、息を詰まらせた。  IHコンロの上に置かれた鏡がカタカタと音を立てて揺れだした。伏せられている鏡面から黒い精命が()みだし、細かな銀細工の隅々まで黒く染め上げていく。  「黒い精命が……完全に、溜まった……の……?」  いつかのつぶやきを聞くと、右の冬矢が笑い出した。  「アハハハハハハハ! よくやった、冬矢。これで黒の精命は溜まった!」  「っ冬矢先輩……、これで満足なんですかっ? ボクは……、ボクは!」  「黙ってろって言っただろ?」  声をあげた奏多をエナンチオマーらしい右の冬矢が(にら)み、低い声で威嚇(いかく)する。  「こ、答えは教えてないだろ? ボクは冬矢先輩がこんなこと望むとは思えない。先輩の気持ちを聞かせてよっ」  「うるさいうるさいうるさい!」  左の影の冬矢がモンスターママの首から手を離し、両手で耳を塞いだ。  モンスターママが冷蔵庫に背中を預けてズルズルと床に座り込んでせき込む。  エナンチオマーが壁に突き刺さった包丁を引き抜き、奏多に向かって投げた。  「キャアッ! 奏多ちゃん……!」  いつかの悲鳴が響く。包丁の刃が奏多の胸に向かって飛んできた。細身の刺身包丁が銀色の魚のようにギラリと蛍光灯の光を反射する。
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