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いつかの悲鳴が響く。包丁の刃が奏多の胸に向かって飛んできた。細身の刺身包丁が銀色の魚のようにギラリと蛍光灯の光を反射する。いつかが奏多をかばうように抱きしめた。
「黒炎!」
「承知しております、アイラ」
返事をするよりも素早く、いつかと奏多の腕を掴んで引き寄せ、刃の進行方向から逸らした。二人を守るように伸ばした私の腕を、包丁が切り裂くと思われた、その刹那、
「ちっ」
舌打ちの音が聞こえ、黒い鞭がひゅんっと音を立て、空中で包丁を叩き落とした。
「ありがとうございます、紅霧」
紅霧が流し目を寄こし、唇に笑みを刷く。紅い舌が得意げにチロリと唇を舐める。
「冬矢先輩っ! ボクの声、聞こえますか?」
奏多が大声で呼びかける。エナンチオマーと影の冬矢は奏多の狙いに気が付いた。鏡の中の冬矢に呼びかけ、本体の冬矢を引き出そうとしていることに。エナンチオマーの瞳が怒りで焼かれ収縮し始めた。
モンスターママは息子の顔が異形に歪んでいくのに、目を見開いた。なんども目をまばたきをし、ではこちらが本物なのかと左の冬矢を見て、絶望が浮かんだ。
「冬矢は……、冬矢をどこへやったの? 返してえっ……!」
と叫んで、左の冬矢の足にしがみつく。
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