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『私はアイラが幼いときに、その時生えていた髪の毛を一本の残らずすべていただいたのです。まるごと、それが大事なのです。ですから私は消えることはありません。アイラが死なない限り』
「じゃあなぜ、くっついているわけ? どこかに行っちゃえばいいのに……」
「痛っ!」
一来が顏を押さえた。主人が急に振り返ったので、ツインテールがムチになって顔を打ったようだ。主人の猫に似たややつり上がった目が、さらにキリリと上がっているところをみると……つまり、わざとやったのだろう。
『そうはいかないのです。短時間ならばいいのですが、本体からずっと離れていると精命を必要以上に消費し、ただの影に戻ってしまうのです』
主人の(黙っていろ)という無言の圧力に耐えつつ説明する。
「え? それじゃあ、識里さんの影はなんで……?」
『一来、よい所に気が付きました。その通りです。あの影は普通ではないのです。……が、影は必ず本体にもどるはずです。影とはそういうものですから』
(アレがただの影ならよいが)
と心の中で付け加える。言わなかったことがある。一来の髪の毛では動くことはできないが、もし「精命」を物質を介さずに直接もらえれば、精命の少ない人間のものであっても、しばらくの間、動き回ることも可能だろう。けれど精命を直接吸い取る。そんなことができるとすれば……。
私は嫌な予感などというものは持ち合わせていない。明らかな悪い予測に、胸が焼けてひりついた。
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