誕生日には黒い薔薇を

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 主人は識里の手のひらをドアのセンサーに無理やり押し付ける。扉の中で解錠する軽い音がした。主人は玄関の扉に迷わず手をかけて開ける。  家族がいたらどうしようか、などということは考えないのが主人らしい。  靴を脱ぎ、家の中に上がり込む。識里も諦めたように靴を脱ぐ。そのさらに後ろから、一来が申し訳なさそうに入ってくる。後ろ向きに靴を脱ぎ、律儀に揃えている。丁寧だが、場違いだともいえる。私は靴のまま、家に入る。  広めのリビングにはヤシの木に似た観葉植物が置いてあった。ネームプレートには、パキラと書いてある。主人は葉っぱをいじりつつ、部屋の中を見回した。  「それで? 何か用なの?」識里の影が聞く。  お茶やコーヒーを要求しても、無駄になる事が予測できる表情だ。  「影に用はないの。本物の識里いつかはどこ?」  「アイラ! 直球勝負すぎじゃない?!」  予告もなく、開戦してしまった主人公をを守るように、一来は一歩前に出ながら、私を見た。答えの代わりに、小さな竜巻を起こす。ジャスミンの香りが暴力的に香る。風がパキラの葉が揺らし、バタバタと音を立てる。主人と識里の間に割り込み、私よりも大分背が低い主人を背中にすっぽり隠す。  「あら、あんたも影なんだ」  識里の影は警戒心を解いた明るい声で呼びかけてきた。クスクス笑いながら、私の手をとって誘う。  「じゃあ、あんたも仲間になりなよ。その人間はほっといて、楽しくやろうよ」  「本物の識里さんはどこだ!」  一来が叫ぶ。  「あっちの部屋。もしまだ、影になっていなかったらね?」  一来が私を振り返る。影を捕まえておけ、ということだろう。頷いて見せると、識里の影が指差した部屋に飛び込んでいく。  しかしすぐに、「あれ? 誰もいない」と言っている声が聞こえてきた。
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