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ガタン、バサッ、そしてやみくもに走り回る足音。どうやら識里が見当たらないので、部屋のあちこちの物をひっくり返して探しているのだろう。しかしいつまでも音が止まらない。
「行くわよ、黒炎」
しびれを切らしたらしい主人が、一来がいる部屋に歩いて行った。
私もすぐに主人に続こうとした。しかし識里の影は、今や私の腕に自分の腕をしっかりとからめてしなだれかかっているので、重たくて仕方がない。
『手を離してください』
「いいじゃない」
識里の影はガッシリと私の腕をホールドしている。
「早くしなさい、黒炎!」
主人はとがった声で言い、一人でさっさと部屋の中へ入って行ってしまった。一来が居るので、心配はないだろうが、好奇心がうずく。本体と影。先ほど識里は「まだ影になっていなかったら」と言っていた。そんなことが出来るのは……。
「おばあちゃん!」
主人の声が響く。主人の祖母、桐子の若い頃と同じ姿。やはり桐子の影だ。しかしそれならば、のんびりしてはいられない。
『失礼』
識里の影を腕から引き剥がすと、主人がいる部屋に床を滑って飛び込む。影で移動した方がずっと早いのだ。
部屋に滑り込むと同時に、人型をとる。
部屋に置いてあるベッドには主人の祖母の影が二十代の姿で足を組んで腰かけていた。
「この女性が、突然……」
一来はまだ動揺がおさまらないようで、私と突然現れたであろう女性を交互に見る。影なのですから、どこにでも潜んでいられるのですよ、と説明してさしあげたいが今はその余裕がない。
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