誕生日には黒い薔薇を

5/16
262人が本棚に入れています
本棚に追加
/311ページ
 「おや。まだ本体と入れ替わってもいないのに、おばあちゃんと呼んでくれるのかい? そんなに実体があるように見えるのかねぇ?」    唇の片方の端だけを(ゆが)めて、からかうような笑い声を喉の奥で鳴らす。  「おばあちゃんの、影……」  「ようやくわかったのかい」  二十代の姿には似合わぬ、しゃがれ声だ。  「あんたがおばあちゃんを鏡にとじこめたのね!」  「あんたじゃないよ、そうだねえ、紅霧(べにきり)とでも呼んでおくれ」  主人の部屋に置いてある鏡の中にいる桐子は、年相応に見える。優しげな瞳の中に、(かげ)りのある上品な白髪の女性だ。  しかし目のまえに座っている紅霧は、若く美しいが、唇を長い舌がぞろりとなぞる様子は、まるで蜥蜴(とかげ)のようだ。ぬらぬらとした妖艶さがただよっている。  「私の方が、きれいだろ」  主人と私、なぜか鏡の中の祖母を見たことのない一来までが、いっせいに首を振った。  ひゅっと風切り音がなり、紅霧から鞭のように影が伸びてきた。主人を抱えて鞭を避ける。鞭は一来をなぎ倒し、何事もなかったかのように人型の一部に戻った。  『すみません、一来』  あなたのことを忘れていました、という言葉は飲み込む。  「いや、だ、大丈夫」
/311ページ

最初のコメントを投稿しよう!