誕生日には黒い薔薇を

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 一来の頬が切れている。まずい。血は精命がむき出しになっている。人の鼻では感知できないほどかすかに、鉄のような香りが流れる。思わずふらふら一来に近寄ると、顔を寄せぺろりと血を舐めた。  「ちょっと! お行儀悪いわよ、フラーミィ!」  主人が真っ赤になって叫ぶ。ほう。これはなかなか見られない顔だ。  『すみません、アイラ。我慢できなくて』  一応、謝っておく。一来の血は、髪の毛よりも精命の量がかなり多いようだ。力がみなぎり、私を取り巻いている風がひとまわり大きく、強さを増した。  「なぜ、おばあちゃんの影が、識里いつかとその影を入れ替えようとしているのよ?」  主人が常よりも低い声で尋ねる。猫が飛びかかる前に(うな)り声をあげているようだ。  『珍しくいい質問ですね、アイラ』  主人が大きな目を細めて睨んでくる。褒めたのに残念だ。  「ねえ、あんたが持っているあの鏡、おくれよ」質問には答えずに紅霧が言う。  「渡すわけないじゃない。おばあちゃんが入っているのよ!」  「あの鏡をくれるなら、この子は返してやってもいいよ」  銀色の鏡をこちらに向ける。主人が持っている鏡とは、裏の浮彫の模様が鏡うつしになっている。そして鏡の中には、識里いつかが眠っていた。  「桐子は精命の量が多いからね。一人で充分。だけどこの子くらいじゃね。まだ足りない。この子からは精命を搾り取ったから、もう用済みさ」
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