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「ちょっと! 約束が違うじゃない!」いつの間にか部屋に入ってきていた識里の影が叫ぶ。「この子の欲望をちょっと叶えてやって、黒く染まった精命を鏡に流し込んだら、この子と私を入れ替えてくれるって言ったじゃないの!」
「そんなこと言ったかねえ」紅霧はおかしそうに口元をゆがめ、斜め上を見て思いだすそぶりをする。「まっ、仕方ないじゃないか、全然量が足りないのさ。他の子をまた探さなきゃならないんだから」
『なるほど。この鏡と、アイラの持っている鏡を精命で満たしたい、と。そうすると、どうなるのですか?』
紅霧の手に握られた鏡は、うっすらと黒く染まっている。
「さあねえ。それじゃあ、ひとつ唄ってやろうか? かぁごめ、かごめ……。白い精命と黒い精命をいっぱいに、表と裏を見合わせりゃ、籠の中の鳥と影とが入れ替わる……」
紅霧は歌うように唱える。その意味を考える間もなく、主人が叫んで飛び出した。
「なんだかよくわからないけど、その鏡がいけないんでしょ。こっちによこしなさい!」
紅霧につかみかかろうと手を伸ばしている。なぜそんなにひねりがないのでしょう。素直というよりはもはやバ……、いえ、主人に対して、これ以上は私の口からはとても言えませんが。
紅霧の鞭ではじかれる前に、主人を引き寄せて回収する。
『一来、お願いします』
主人を一来の腕に押しつけ、床をさあっとすべって天井に移動する。
しかしどうしたものか。しっかりと紅霧の手に握られた鏡を奪うのは無理そうだ……。
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