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意識を失っている識里いつかは、床に横倒しに倒れている。その横で識里の影が座り込み、すすり泣く声だけが響く。
「クチナシの香りだ……」
ふいに一来が呟いた。確かに気が付けば部屋中に、甘い花の香りが充満している。紅霧の香りなのだろう。
『この香りは、クチナシなのですか?』
「そう。この頭の芯がしびれるようないい香り。クチナシの香りに間違いないよ」
「フラーミィの方がいい香りよ。こんな香り、吹き飛ばしちゃって」
主人が口を挟む。
『承知しました』
腕を大きく振って部屋全体に風を送る。窓からくちなしの香りを外に出しながら『しかしそれよりもアイラ、先ほどの影は?』と主人に質問する。
手裏剣のように一斉に紅霧に向かっていった影は、もはやどこにもみえないがなんの影だったのか。
「ああ、あの子達はリビングのパキラとかいう観葉植物の影よ。さっき髪を少し多めにあげたの」
『葉っぱ達は力もありましたし、大分長いこと動いていましたよね……』
主人が精命を奮発したのは明らかだ。
『アイラ……』
私一人でも、問題なかったというのに。もし心配ならば「私に」精命をくれればいいものを。主人の名を呼ぶ声に、恨みがましい響きがこもってしまうのは仕方がない。
「まあまあ、いいじゃないの」
まったく悪いと思っていない声で主人は私の抗議を受け流す。
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