『モンスターは突然に』

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 ガラス張りとはいえ、廊下とは隔たれているというのに、言葉がはっきりと聞き取れる。よほど大きな声でまくしたてているのだろう。背は男性教師の方が二十センチは高そうだが、ご夫人の声量の圧力に耐えかねて、どんどん小さくなっていくように見える。  「どうしよう……」  先ほどからいつかは職員室に入るのをためらっている。それが普通の人間の反応だろう。他の教師達もとばっちりをくいたくないのか、(みな)机の上にかがみこんでいて、震える同僚を助ける気配は見当たらない。  「入らないんなら、帰るわよ」  主人が嬉しそうに言う。いつかにむりやり職員室へ引っ張って来られただけで、主人に用事はないのだ。  「浅葱(あさぎ)先生、大丈夫かな……」  一来が心配そうに私に言う。  『さあ……?』  あの痩せた男性教師は浅葱(あさぎ)というのか。一来は聞いてもいないのに、私に説明する。  「三年の科学の先生なんだよ、浅葱先生って。ちょっと職員室に行って、なんとかできないかな? フラー……」   「ちょっと待って。残念だけど、私は他人のために魔法を使わないことにしているの」       
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