『モンスターは突然に』

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 一来が言い終わらないうちに、主人がすかさず割って入ってきた。(バス待ちの列に並ぶよりも、教師を救う方が有意義な仕事だと思いますが)という言葉は飲み込んでおく。有意義だとしても、バスの席取りと同じくらい興味がないからだ。  「お願い、浅葱先生は軽音部の顧問なの」  いつかが主人にまたしても手を合わせる。  「いつかのお願いは、話を聞くってことだったわよねぇ。それじゃあ、お願いは変更っていうことでいい?」  「待って待って」いつかが胸の前で両手を左右に振る。「浅葱先生と一緒に話をしたかったのよ。だからフラーミィが助けてくれないっていうなら、あの」と職員室で言い争う二人を指さす。「言い争いが終わるまで、待つしかないね……」  ひどく残念そうな表情を作って職員室を覗き込む。一来と比べて、いつかはなかなか演技派のようだ。  「……仕方ないわね。だけど、こんなことにフラーミィはつかえない」  主人はちょっと周りを見回すと、胸の内ポケットから銀色の小さな(はさみ)を取り出した。そして枝毛でも切るかのように、プツンと毛先を切る。それから口の中で小さくなにか言って、サッと投げた。  小さな影が一ミリ程の厚みを得て動き出した。職員室の中に入っていく。小さな影は恰幅(かっぷく)のいい女性のストッキングを這い上り、濃い緑色のスカートの中に消えた。     
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