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「後夜祭なんか、軽音部のお仲間と出ればいいでしょ? どうして私が出ないといけないのよ」
主人がほっぺたを膨らませた。ほとんど断っている口調なのだが、「イ・ヤ」以外の言葉を初めて言われたいつかは嬉しそうだ。
「だってゴシックメタルやってくれる子、いないんだもん」
「ゴスメ……?」
初めて聞くに値する単語を聞いた、というように主人は口の中で呟いた。
「ブラック&ローズのネックレス持っていたんだから、ウ・ィ・ス・ハ・ー・トさんも府川虎のこと、好きなんじゃないかなー? って思って」
いつかはウィスハート、という単語を区切ってゆっくりはっきりと発音した。理由はわからなくても、握った弱点は容赦なく攻撃するつもりらしい。
(なかなかの勝負感ではないか)
ガトーショコラをフォークで口に運びながら、少々感心する。
しかしすぐに、口の中でとろけるこの濃厚なチョコレートの風味に意識が逸れる。さすがベルギー産とうたっているだけある。しっとり、どっしりした生地の触感とよく合っている。
甘くなった口の中を紅茶で洗い流す。さて、主人はなんと返事をするだろう? なかなか興味深い。
いつかはウィスハートの名前を出したが、その名にかけて頼んだ訳ではない。断る選択肢は残されているだろうが……。
しかし私は知っている。主人はギタリストの府川虎が好きという訳ではないが、彼が所属しているゴシックメタルバンド、Death C r o wが好きなのだ。
ゴシックメタル、略してゴスメは日本のメタルバンドには珍しい。今のところDeath C r o wが初めてにして唯一の本格的なゴスメタルバンドと言ってもいいほどだ。
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